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自己卑下・自己批判・自責の魂胆

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自己卑下は、自分を立派に見せる一番安易な方法

加藤 諦三

自己卑下とか自虐って、純粋にエゴなんです。

ためしに自己卑下や自虐を一切使わずに、どれくらい自分を立派に見せられるのかやってみるといいと思うんです。

すごく難しいことだ気づくから。

私のかつての友人の中に離婚した人がいましたが、「離婚した」と言わずに「私は結婚に失敗した」とみんなに言っていました。

これも自己卑下・自虐の一種なんですが、彼女に「どうしてそういう言い方するの?」と聞いた時に、「そういう風に言った方が、他の人に対して良いと思って」と言っていました。

防衛機能(エゴ)の一種なんです。

自分を相手よりも低く見せておけば、嫉妬されたり、やっかまれたり、攻撃されることはないから。

自己卑下とは、ことさら自分を悪く言ったり、自己批判をして見せることですが、私はまともには取り合いません。

魂胆が見え透いているからです。

彼らは自分を防衛したいだけ、あるいは、「いえいえ、そんなことありませんよ、あなたは立派ですよ」と言ってもらいたいだけで、それによって自己価値を確かめたいだけ。

だったら最初から素直に「私は自分に自信がなくって、誰かから言ってもらわないとダメなんです。私は立派だって言ってもらえませんか?」と頼めばいいだけの話。

それが出来ないから、やりたくないから、自己卑下という屈折したやり方で賞賛を得ようとする、Manipulation(操作)とコントロールなんです。

このことに自分で気づけるようになるかどうか。

人間であれば誰でもそういう瞬間はあるものですが、その時に、自分で気づいて言動を変えられるかどうかが自己認識とプレゼンスの割合なんです。


ずっと以前、東北の震災の時に、東京にいたある知人に「物資は足りているか」と聞いた時、「申し訳ないくらい足りている」と仰ったんですね。

その時も、私はとても奇異な感じを受けたのでした。

物資が足りていて申し訳ない、とは、他の人は足りていないのに、自分だけ足りていて「ごめんなさい」ってことです。

どれだけ歪んで屈折した社会なんだ、と思ったわけです。

こういうときは「お陰様で物資は足りています、ありがとうございます」でいいんです。

どうしてそう言えないのかと言えば、周りから攻撃されたり、嫉妬されたり、やっかまれたりされたくないから。

だから自己防衛で歪むんです。

日本て本当に恐れベースな社会だと思う。

こういうことって、その中にどっぷりハマっていると気づかないことだとは思うのですが。

外から見るとやっぱり変だよ。

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こんにちは!ソウル・ヒーリングをテーマにしているアセンション・コーチです。1973年長野県生まれ。人生の半分以上を海外で過ごしました。詳細はプロフィールをご覧ください。

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