アセンション専科 ~人生は素晴らしい旅路 ~

menu

Heal Spirit

傷を癒すことと誰かと傷の舐めあいをすることは全く別問題

タイトル通りです。

心理学や心理療法をなさる方の中にも、ここを取り違えていらっしゃる方が多くいらっしゃると感じ、少し書いておきたいと思います。

私たちは誰しも幼少期に受けた心の傷を抱え、心の底では「自分の気持ちをわかってもらいたい」「自分を理解してもらいたい」「自分を認めて欲しい」と願っています。

幼少期において基本的欲求が満たされずそのまま大人になった人は、特に顕著にこの傾向が現れ、インナーチャイルドと一体化して言動するという特徴があります。

参考記事:人間の中に棲むあらゆる人格とその統合

自分以外の誰かや何かに「気持ちを分かって欲しい」「理解して欲しい」「認めて欲しい」と過度の期待や要求を抱き、相手がそれに応えられないと敵意を抱きます。

これが典型的な「依存」です。

この言動パターンの背景には、満たされなかった幼少期の心の傷があるので、その部分を癒すことによって、自分以外の誰かや何かに自分を満たしてもらわなくても平気な自分へと変容すること、自分で自分を満たすことが出来る人へと変容していけることが「癒し」の最終ゴールとなります。

ところが、自分自身がしっかりと癒されていないヒーラーやカウンセラーやセラピストは、クライアントの中に「自分の痛み」を投影し、過度の感情移入をして「傷の舐めあい」をしてしまいます。

その原因は、とりもなおさず自分の痛みにしっかりと対処出来ていないからで、自分と同じ痛みを持つクライアントと感情的に癒着してしまうのです。

自分と同じ痛みを持つクライアントの気持ちを分かってあげることで、一時的に痛みを感じなくなり、それが「癒し」であると錯覚します。

この二人はまるで運命の人に出会ったかのような感動を覚えます。

ですが、それは同じ痛みを持った者同士の依存と癒着でしかありません。

「癒し」とは別ものなのです。

根本的な傷はまだ癒されないまま残っていますから、何かの拍子に相手を失うようなことになれば、またぞろ傷は刺激されて依存的な言動パターンが出て来ます。

今までは、痛みを和らげてくれる相手がいたから一時的に痛みを感じずに済んでいただけのことで、傷が「癒えた」わけではないからです。

一時的な傷の舐めあいは、根本的な癒しを妨げます。

まずは、自分がその状態へ陥っている(いた)ことを自覚できるだけのアウェアネス(意識の明るさ)が求められますが、エゴが強いタイプの方だとここを認めることが出来ません。

本当の意味で他者支援が出来るようになるためには、自分の内面の癒しと統合をかなりのレベルまで進めておく必要があります。

すると、相手に対してある意味「サラっとドライに」支援することが出来るのです。

中には悲痛さたっぷりに、クライアントを助けてあげられない自分を責めたり嘆いたりするヒーラーがいたりしますが、それは相手を助けることで自分の中の何かを補填している症状のサインなのです。

しっかりと癒しを進めていれば、自分が相手に対して出来ることと出来ないことの区別と分別がしっかりとついていて、クライアントの感情の責任を自分が背負ったりはしません。

自分の出来る範囲だけでベストを尽くせば、クライアントの問題が良くならなくても、それは自分のせいではないと承知しているので心理的に苦しんだりもしません。

相手に依存していないので、ある意味「公正な立場」で支援することが出来るのです。

私もときどき、クライアントからインナーチャイルドの地団太にそのまま共感して欲しいと求められますが、そうすることが真の癒しの妨げになるのであれば、そういうことはいたしません。

あくまでも、クライアントが本当の意味で癒しを体験し、最終的には心理的に自立して自分の幸せを追求していけるようになることが目標です。

関連記事

プロフィール

こんにちは!ソウル・ヒーリングをテーマにしているアセンション・コーチです。1973年長野県生まれ。人生の半分以上を海外で過ごしました。詳細はプロフィールをご覧ください。

     2018年5月バリ島にて

通話セッション

アセンション関係のご相談や各種ワークのサポートは通話セッションでお受けします♡

ソウル・アライメント・プログラム(SAP)

完全に自己一致を果たし、自分と一致した人生を生きられるようになるためのマンツーマン・メンターシップ・プログラム

オンライン講座

各種E-Bookダウンロード

☆各種E-Bookのダウンロードはこちら

ショップ

【音声】友達が減っていく現象

アーカイブ

カテゴリー

紀行文を綴った裏サイト Blissful Moment はこちら