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本当に癒しを進めていけるようになるためには、ある程度の自立が先決

カウンセリングでもコーチングでも、ある程度クライアントが自立していないと機能しないという事実があります。

カウンセリングに比べて、コーチングは特にその傾向が強い。

「コーチング」とは、スポーツ選手がつける「コーチ」を想像していただければわかりやすいと思います。

マラソン選手とか、柔道の選手とか、コーチをつけてトレーニングを積みますよね。

その際に、選手側が情緒不安定だったり、依存が強かったりすれば、コーチと選手の間に健全な関係が築けなくなることは、簡単に想像できるでしょう。

「レースや試合に対する不安や恐れ」の解消のサポートをして、レースや試合当日に選手が実力を出し切れるように指導するのはコーチの役目としても、根本的に自立できない選手の心理的問題を解決するのは、コーチの仕事ではありません。

それは「選手本人の問題」なのです。

もしもその問題が大きすぎて、コーチングの時間のほとんどがそこへ割かれるのであれば、コーチングを受けるだけの準備がクライアント側にないということです。

つまり、ある程度しっかりと「自我」が育っていて、安定感のある人でないと、コーチングは機能しないということ。

参考記事:未熟な自我のサイン

クライアントの中には、依存心や甘え全開でいらっしゃる方がたまにいらっしゃいます。

情緒不安定だったり、誰かに甘えたい気持ち全開、インナーチャイルドと完全に一体化した状態でいらっしゃる。

「コーチにはベッタリと甘えてもいいもの」だ、と思い違いをしているのでは?と疑うこともあります。

実際にそう思い込んでいて、感情をむき出しにして来られる方はいらっしゃると思います。

言葉を変えて言えば「プレゼンスがゼロ」な状態。

  • 自分の気持ちわかって欲しい
  • 共感して欲しい
  • 慰めて欲しい
  • 優しい言葉をかけて欲しい
  • 受け止めて欲しい
  • 認めて欲しい

などなど、色々な要求と期待をモロに出して来られる。

言葉に出して言わなかったとしても、そういうエネルギーなんです。

なので、こちら側としては「重さ」を感じる。

そういう方とお話していると、たとえ実際の年齢が私よりも上であったとしても、どうしても12~3歳の少女と話をしているような錯覚を覚えます。

声の質や喋り方、トーンなどが、どうしても「思春期の少女」で、大人の女性という感じがない。

こういう方は、自分の要望や期待が満たされないと、傷ついて敵意を抱きます。

相手(こちら)には、そもそもその要望や期待に沿う義務も責任もない、そうした期待を抱くこと自体が甘えであるという認識がない。

典型的な子供の反応です。

私は、こういうタイプのクライアントはお受けしないポリシーを、ずっと前に確立しています。

クライアントの甘えが障害となって、うまくコーチングが機能しないからです。

参考記事:コーチングが上手く行かないケース

心理カウンセリングでもそうなのですが、ある程度自立を果たせていることが、癒しが進むための条件であるというアイロニーがあるのです。

結論から言うと、「自立」の部分は一人でやってからサポートを求める必要がある、ということ。

本当に癒しを進めていけるようになるためには、ある程度の自立が先決ということです。

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