アセンション専科 ~人生は素晴らしい旅路 ~

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Heal Spirit

Dark side of the Moon と二元性の統合

私はブログの中でときどき Whole (全体)とか Wholeness (全体性)とか言う言葉を使います。

二元性や二元論の話もよくします。

言葉でスッキリと説明するのって難しいですけど、ヒーリングとかアウェイクニングとかアセンションとかシフトとかって、Wholeness へ戻っていくプロセスのことを指すんですよね。

月は地球から見えますが、私たちに見えている部分は、太陽の光が当たっている表面の部分だけです。

当然その他に、太陽の光が当たっていない部分や裏側が存在しています。

それを Dark Side of the Moon 月の暗部 と呼びます。

月の暗部は私たちからは見えませんが、存在していないことにはなりませんね。

月というときに、表面的な部分と暗部を両方合わせた完全形のものを指すわけです。

決して表面に光が当たっている部分の薄っぺらい部分を指すわけではなく。

月は三日月とか満月とかの見た目のことではなく、球体をした天体なんですね。

それが月の全貌です。

人間も基本的にこれとまったく一緒です。

意識の光が当たっている明らかな部分(顕在意識・表層意識)の部分だけではなく、意識の光が当たっていない闇の部分(潜在意識・無意識)があります。

その両方を合わせたものを人間というのです。

決して表面に出ている表向きの顔や性格のことだけを指すのではなく。

ですが、無意識で生きている間、私たちは自分自身の闇の部分を認識することができません。

自分で意識できている部分だけしか、「自分として認識できない」わけです。

これでは自分の全貌を捉えているとは言えません。

それは約5%に過ぎず、残り95%を明らかにして、自分のものとして受け入れて、表層意識と潜在意識を統合していくプロセスが、内面の統合と呼ばれるものです。


私たち人間の暮らす3D世界は二元性の世界で、善悪、良し悪し、正誤、光と闇、左右、ポジティブ・ネガティブなど、すべてのものが相対的に存在している世界です。

その中で、良い出来事だけを肯定して受け入れて良くない出来事からは目を背けて蓋をして、できるだけいい気分でいようとすることは、偏りを強化することです。

人生には良いことばかりでなく、同じだけ良くないことも起こります。

その両方を同じように受け入れることが統合です。

人間はいまのところ、二元性を通して学び・成長していく存在だからです。

アセンションやシフトが始まって、感情の浮き沈みを行ったり来たり繰り返す時期が続きますが、両極を繰り返し経験することで、二元性を統合しているのです。

寒さを知らなければ暖かさはわかりませんし、病気の苦しさを知らなければ健康の良さがわかりません。

貧困を知らなければ豊かさがわかりませんし、孤独がわからなければ繋がりもわかりません。

これが二元性の学びなんです。

ところがそこから学ぼうとせず、一方を忌み嫌うあまりに片方に偏るようなやり方や生き方では、統合は果たされません。

例えば、孤独を嫌い恐れるあまりに、常に繋がれる人たちを求めてそこから離れられないような生き方です。

この場合は、孤独と真正面から向き合っていく覚悟が必要なのであって、それが必要であれば必然的にそうせざるを得ないような出来事を、宇宙は持ってきます。

寂しい、寂しい、といって繋がりを求めるのではなく、孤独であることをとことん受け止めて受け入れ、そこで湧き上がる感情をすべて味わい尽くすことが、唯一の解決策です。

孤独と繋がりの二元性の統合です。

統合がなされると、一人きりでいることが苦にならず、寂しさを感じたら自然と繋がりを求めて人々と交流できるようになります。

自分の中の孤独を否定していませんから、必要であれば人と繋がれます。

ですが、孤独を恐れる気持ちはもうありませんから、一人になることが怖くありません。

孤独であることを受け入れているのです。

なので、相手や周囲に依存することなく、自由で自立することができます。

それでこそ、自分の意志で自由な取捨選択が行えるのです。


自分の中のすべてに光をあてて認め受け入れ、統合が進めば進むほど、自分の Wholeness(全体像)へ近づきます。

自分の中の二元性の分裂に光をあてて、統合すればするほど、偏りが減り中庸へ落ち着くようになります。

ザ・ワークを主宰しているバイロン・ケイティが話していたことです。

砂丘を歩いていたら、足元に蛇が表れてびっくりして跳ね上がったんだけど。

私は蛇が嫌いなんです。

だけど、よくよく見たら、蛇ではなくって、ロープの切れ端だったんですね。

自分の恐れていたものがロープの切れ端だと分かったら、なんだか笑えて来ました。

私たち人間の暗部もそれと同じで、いざ覚悟を決してよくよく見てみれば、それはロープの切れ端の集まりだったりするんです。

自分と向き合うことは決して苦しいばかりのことではありませんし、解放と統合が進めば、とても楽に生きられるようになってきます。

囚われから解放され、より自分らしく、より自由に。

そしてそのプロセスすべてが、「人生」と呼ばれるものなんだと思います。

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